12月 07 2023
障害年金 思い通りにならないのが診断書です
ここ二日ほどで、何件もの診断書を確認しました。
大抵の診断書は、「あぁ、この依頼者様・・・○○なのに、○○のことが書かれてないなぁ」とか「こんなにも症状軽く診られていたのか!?」とか・・・色々と思うところはあります。
「日付が異なる」「埋めないといけない項目に空欄がある」など制度上の不備ならば、社労士から病院へ不備の修正をお願いすることができます。
しかし、症状や状態の話となると、社労士が医師にお願いするのが難しくなります。
理由は、医師は診察の際に、本人(依頼者様)を診ている。その結果が診断書だからです。
医師が下した結果に対して、医師でもない社労士がお願いするとなれば、医師は「あなた(社労士)、医師ではないだろ。患者(本人)を診ているのは医師たる私だ。」と思うはずです。
症状が軽い診断書ならば、それは医師の診立て。これは、どうにもならないことの方が断然多い。
お願いができるとしたら、患者や患者の家族だけです。患者と医師の関係ならば、自分の症状や状態のことを医師に伝えることは可能です。
それでも、医師が診断書の内容を変えてくれることは、あまりないです。
診断書は、自分ではない他人が作成したもの。他人が作成する以上、他人の意見と見解です。
他人を思い通りにできないのは、他人の意見や思考が存在するからです。
つまり、診断書の内容は他人の意見を反映したものなので、思い通りの内容にはならないのです。
だったら、どうするか?
渡された診断書で、精一杯支給される可能性を高めるしかできません。
その方法は、ご自身や代理人が作成する申立書を使って、渡された診断書の内容で表現できていないことを示していくことしか出来ません。
医師が書く見解は、「医学的見解」と評される。しかし、患者たる本人の見解は、「個人的見解」と評される。
自分の辛さを十分に示されていない診断書であったとしても、医師が書けば、それは「医学」とみなされてしまう。
唯一、もがくことができるのが、個人的見解の「申立書」だけ。
医学という社会的信用からみたら、実に微力なものです。
微力な「申立書」に、どれだけ個人からみた見解の部分を排除し、「医学」として書いた診断書の補填として昇華させていくことができるのか?
これが、社労士の仕事の一つだと思います。
医師の中には「審査官が読み取ってくれる」と言う人がいます。でも、それは審査官たる他人を医師が勝手に期待しただけ。
審査も他人が行うものですから、他人の意見と見解です。診断書の内容と同じことの繰り返しです。
期待に値するほどのことはない。
結果をもらうのは、医師ではなく、本人。
困るのは、いつも本人です。
さて、今日も「申立書」を作成しますよ。




