11月 03 2022
障害年金を通して知る「人の心配」は、皆同じ
障害年金の申請以外に、私は障害者施設が主催する障害者当事者会に参加することがあります。
その中で、心配を語る人が居ます。
その心配は、お金の問題。それと対人の苦手さ。
これって、障害を持つ持たざるに関係ない永遠のテーマですよね。
人として、障害を持つ。持たない。の区別で、何か変わることはない。と思っています。
性格が合って、話や行動が楽しければ、障害を持つ、持たないは関係なくなりますよね。
では、何で変わるのか?
一つは、社会生活においてお金を得る手段、つまり「就労ができるか?できないか?」かもしれません。精神的なストレスに弱ければ、対人で困れば体調を崩します。そうすると就労が困難になり易い。
もう一つは、社会生活において他人から援助を受けざるを得ない状態。つまり、身体などの機能不全かもしれません。
障害を持っていても心配は、障害を持たない人と同じ。
でも、心配を解決するための実行性は、対人に支障が少ない人の方が、解らないことを尋ねられる。助けを求められる。という観点から有利なる。
障害を持っていても助けを求められる人はいるし、障害を持っていなくても助けを求められない人はいる。
結局は、皆同じように悩む。
変わることは、障害を持っている事や持っていない事ではなく、「人と上手く対人が築けるか?その先に働き続けられるか?自分の道を選択できるか?」
本当は、障害を持つ、持たないで心配の区別はない。皆同じ。自分の将来に心配を抱かない人はいない。
障害者当事者の問いかけは、我々全員の共通の心配事。ヒトですから同じですよね。




